お題シリーズ

「啓蒙・新番組・手袋」

 お風呂から出ると、扇風機が欲しくなった。もうそんな季節。
 テレビは今期から始まる番組の番組宣伝を流していた。あと五分で始まるらしい。
「面白そうだね」
「どうだろうな、よくある普通のバラエティじゃないか」
 彼の後ろ向きな言葉にも関わらず、テレビは普通の宣伝に変わっていた。
「あっクーラーだ、ちょっと欲しいかも。そうえば扇風機っていくらぐらいするのかな? 昔から家にあるからよくわかんないよね」
「どうだろう、五千円はしない程度じゃないかな」
 値段と効果を照らし合わせたとき、クーラーに軍配を上げるか否かで金銭感覚を簡単に比較できることだろう。当然、金銭感覚に優れた私の中では団扇の圧倒的優勢に揺らぎは生じない。
「窓開けて、団扇を扇げば特に冷房器具はいらないよね」
「風呂上がってからずっと全裸だからだ」
 厳密に言うなら、お風呂を上がって家を出るまでの間が全裸だ。
 彼はそういう横着が好きじゃないらしく、脱衣所、と言っても風呂場と洗面所の間のわずかな隙間をカーテンで仕切ってあるだけの場所でしか脱がないし、お風呂を出てからも律儀に服を来てからしか出てこない。
 そうえば、一緒に暮らし始めていくらか経つのに、彼の背中を見たことがない。いや、腹や胸も見たことないのだけれど。
「あのさ、もしかして、刺青とか入ってるの?」
「やぶからぼうだな。背中見たいのか」
「刺青がハムスターなら」
「シャツ、めくってみな」
 彼に近づく。同じ部屋で寝起きしているけれど、私たちは気軽にスキンシップをとったりはしない。むしろ、お互いが触れない様に細心の注意を払っている。にもかかわらず、布団と布団の間が拳一つ分なのは、部屋の大きさが原因である。
「ほんとにハムスターなの?」
「どうだろうな、確かめてみな」
「……うん」
 彼の後ろに座る。ちょこん、と効果音付きで。ゴム手袋をはめて、手術台に向かう外科医気分だ。
「め、めくりますよ」
 黒いシャツの裾をつかもうとするが、少し躊躇。ゴム手袋をしていても、メスを握れば肉を裂ける。私だって、このままジャージに手を突っ込んで、進入経路を探索することが出来る。遠慮なんてそんな程度だ。
「ほんとに、ほんとにいいの?」
「背中見たくないなら、無理にしなくてもいいぞ」
 見たい。けれど、本当に見てしまってもいいのだろうか。
 デジタル時計が、慌しく多くの桁を動かそうとしている。私は締め切り直前に滑り込むように、裾をつかんだ。日付が変わっても、私たちはここに居続けるのだろうけれど、私は急いでつかんだ。
「いきます」
 少しだけ背中に触れてしまった。
「ご、ごめん」
「いいから早くしろよ」
「うん」
 ゆっくりと、シャツを上げて行く。
「普通、だね」
「当たり前だ」
 学校の先生に向ける以上の感謝を彼の背中に向ける。
 そして背中君の教えに従って、テレビの電源を落とした。


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コメントに書き込んでもらえるとうれしいな、いな。(レナ言語の使い方が間違ってる

スパイラルとおジャ魔女ドレミスパイラルをかけた小粋なジョーク

でも言おうと思ったのに忘れてた。
そもそも、今日はスパイラルの話やんなかったね。


明日は『ミステリとしてのCLAMP作品「すきだからすき」 そしてヴァンパイア十字界』をお送りします。
(次回予告は嘘、っていう定番ネタをブログでもやりたかった)