金曜日恒例ホモ小説

 少し早いかな、と思って出した炬燵だったが、思った以上に体は求めていたらしく、私もお父さんも彼もあっという間にコタツムリになってしまった。
 彼が夕飯の支度をするの嫌がり、仕方なくイカの干物やらチーズやらを摘んでいたら、いつの間にか彼は眠ってしまっていた。
 仕方なく彼を床に運び毛布を着せてやった途端、目が覚めたらしく一緒に寝ることをせがまれた。
 そうしてやりたい気持ちはあったが、彼のお父さんがいる前でそうするわけにもいかず、頭を撫でててやったら毛布の中に隠れていった。
 苦手な酒に付き合わせて悪かったかな、とも思うがこれで気兼ねなく飲める。
 どうも彼は私がお酒を飲むのを好きじゃないらしく、お客が来るときや祝い事の時以外に飲むと途端に不機嫌になる。
 今日はお客が来ているから飲んでもいいのだが、彼の中で自分の父親は客に分類されないらしく、不機嫌だった。
「君から見て、私の息子はそんなに魅力的なのかね?」
「そんなにというのが、どんなにかはわかりませんが、そんなにですよ」
 お父さんは男同士で同棲している私と彼が心配らしく、週末にたびたび様子をみがてらこうして食事をしていく。
 男同士ということに対して心配しているのではなく、何かにつけて怒りっぽい彼が私と喧嘩でもしていないか心配らしい。
「あいつは何かつけて怒るし理屈っぽい上にお喋りで、うっとおしくないかね?」
「そこを含めて彼の魅力ですよ」
「私なんかは、必要の無いときは黙っている女性が好きだったがねえ」
 彼が幼い頃に別れたという、細君を思い出しているのだろうか。
 それとも、婚姻関係は結ばなかったものの、肉体関係は結んだ女性を思い出してるのだろうか。
 恋愛関係らしい恋愛をした経験がほとんど無いらしい彼と違って、お父さんは若い頃からもてたそうだ。
 事実、彼の母親と別れてからも、彼の家には常に女性が居たらしいというから驚きだ。
 小説家らしいといえば、小説家らしく感じるから得な職業だ。
「それに私と居るときは、彼はあまり喋りませんよ」
「意外だな、寝て起きるまでの間すら喋っていたような気がするがねえ」
 確かに付き合った当初、まだお互いが大学生だった頃、彼はよく喋っていた。
 それも他愛の無い話ではなくて、きちんとオチがある、よく考え込まれた話をだ。
 今の暮らしは中部だが、お父さんが関西育ちだからだろうか、彼の話は面白いか面白くないかはその時々だったが、
面白く話そうという努力が感じられる錬られたものだった。
「……さん、水もってきて」
 隣の部屋から彼の声がした。
 起き上がるのつらいほど飲んでないはずだし、声も元気だ。
 ただ、甘えたいだけだろうか。
「自分でとりにこい」
 そう返事をすると、不機嫌そうに「じゃあいい」と返ってきた。
「ほら寝てからも喋った」
 お父さんがにやついた顔でそう言った。
「今日は特別ですよ」
「冗談だよ。それより、君は留年か何かしてあいつより年上なのかい? 卒業は同じ年だったよね?」
「いえ? 同い年ですよ」
「なのにあいつは君のことを、さん付けで呼ぶんだね」
「ええ、そうえばそうですね」
「なんだかよそよそしい感じがするが、あれは父親の前でカッコウつけているのかい?」
 女をとっかえひっかえした父親としては息子が恋人のことをさん付けするのは、気に食わなかったのだろうか。
 と少し心配になったが、単純に疑問に思っただけらしい。
「いえ、二人っきりでも名前にさん、ですね」
 私の方は名前単品で呼んでいる。
「最初に何かしらの上下関係があるとそうなるのかも知れないね。私が昔会社勤めをしていた頃に付き合った先輩女子社員、
あの頃はキャリアウーマンなんて洒落た言い回しはなかったなあ。彼女とは付き合いだしてからも、先輩と呼んで敬語だったね」
 私たちの上下関係とはイジメっ子とイジメられっ子だ。
 だから私は、彼が私のことを許してないんじゃないかと不安になることがままある。
「そう思うと変な話だねえ。ほんの七、八年前まで君はあいつをイジメていたのに、今ではこうして一緒に暮らしている」
「いやあの、本当その件はすいませんでした」
「私に謝られても困るよ、あいつが許しているならそれでいいし。あいつが許していなくても私にできることはない」
 こうお父さんから言われて、忘れていた彼への仕打ちを思い出した。
 反省の意を示すために、布団で不貞寝している彼のところに水を持っていってやる。
 しかし彼はもう熟睡しているようで、幾ら突付いても毛布から出てこなかった。
「彼が一度だけ私の命令を聞かなかったことがありました」
 こんなことは、イジメた相手の父親に言うことじゃない。
 けれど、その父親とは今では恋人のお父さんであり、私のお父さんでもある。
「高校生の頃の話かい?」
「ええ」
「それはそれは、まあ聞こうじゃないか。君が十分反省していることは知っているし、あいつはもう気にしていない。だけど君はまだ心残りがあるようだ」
「わかりますか?」
「顔を見ればね」
 思わず手で顔を擦る。
「一度だけ、というからには何度も色々な命令をしたことがあったんだね」
「はい、彼は泣きながら裸になったこともありましたし、自分で自分を叩く道具を拾ってこさせられたこともありました」
「あまり、聞いていて気持ちのいいものじゃないね」
「ごめんなさい、話がすぎました」
「君とその仲間たちはあいつを暴力や嘲笑の対象にしていたんだから、その程度はあっただろうね」
 お父さんは冷たい。
 彼がそう言っていたのを思い出した。
「他には?」
「その、トイレ掃除をさせたり」
「ずいぶん難易度が下がったね。裸にしたり、叩かれたりするのと比べれば」
「ああ、その、なんていうか、彼が自分の手で、といいますか、ようするに体で」
「それはまた悪趣味な」
「あの頃は、彼が顔をぐしゃぐしゃにしながら、汚い便所の床を這いつくばっているのを見るのが、楽しかった」
「君は正直だね」
「私たちは彼を打ったりするのよりも、彼が自分からさせるように命令しました」
「罪悪感から?」
「いえ、ただ殴るのよりも、彼が自らそうしてくれと願ってきた、だから殴る。それが面白かったんです」
「そんなことのために、自分の息子が君たちの汚物をあびていたと思うと吐き気がするよ」
「彼はイジメはじめてから、命令を聞かないことは無かったんです。他の奴らは、最初は当然言うことを聞かない、だから暴力を振るって聞かせる。
でも彼は、それこそ私たちが死ねといったら死ぬんじゃないか、そう思わせるほど従順でした」
 炬燵の上のコップを飲み干す。
 もう瓶には一滴も残っていない。
「でも彼は、本を破く、たったそれだけの行為を酷く拒絶しました。私たちからしてみれば不思議でなりませんでした。
小便を被るよりも、自分で選んだ棒で叩かれるよりも、本を破けない彼の気持ちが理解できなかったんです」
「それは、今でもそうかい?」
「いえ、今ならわかります、わかったつもりではいます。彼にとって本とは」
 わかったつもりでいるのなら、本とはの続きを言うべきだろう。
 けれど、私はお父さんのまるでテレビ画面を眺めるような傍観者の顔を見て、何もかも忘れてしまった。